應其関連エントリー

木食応其を見に来ました

「木食応其」 見に来ました。 だーさん美術館へ行ったので博物館のロビーでお茶してボーっとしています。 雨が止んで ホントなら山ーと行けなかった事を泣いてる所ですが 今日はご機嫌です。

木食応其を見に来ました

木食応其(もくじき おうご)と言う僧侶

昨日、行って来ました。 418年前に作られた 木食応其 のヒノキで作られた像 からだの中は空洞になっていて、 そこに1590年(天正18年)と墨で書かれている。 ... 応其上人 は、想像していた人物像ではありませんでした。 豊臣秀吉の時代 和歌山 ...

木食応其(もくじき おうご)と言う僧侶

『特別展 没後四○○年 木食応其 ―秀吉から高野山を救った ...

... 表紙の写真は,興山寺蔵の「木食応其坐像」です。 4枚目の写真。応其寺蔵の「木食応其画像」です。 5枚目の写真。蓮華定院蔵の「豊臣秀吉画像」です。 6枚目の写真。応其寺蔵の「木食応其書状」です。その下に翻刻したものを示しておきます。 ...

『特別展 没後四○○年 木食応其 ―秀吉から高野山を救った ...

どんな人なんだろう「蘇東坡」

「私、木食応其には、惚れないね。」 と、ことさらに言う私に対して、 だーさんは言った。 「はじめから、分かっている。」 「そう??何で???」 「・」 どうやら私の好みではないらしい。 ...

どんな人なんだろう「蘇東坡」

連歌師5・紹巴 鶴崎裕雄

... 後半は秀吉が「高野の木食ではなく、木食の高野である」と応其を高く評価したことが記されているが、果たしてどこまで秀吉の言葉か信じがたい内容である。 ただし会談の時、秀吉の傍に木食応其と聖護院道澄・昌叱・紹巴がいて、末座に高野山の使節がおり ...

連歌師5・紹巴 鶴崎裕雄